Empathy of Mikoshi

神輿から捉える共感資本。

大江戸神輿祭り2025における「神輿から捉える共感資本プロジェクト」

報告者:中川尋史(日本神輿協会 理事/共感資本研究所)
開催地:東京都江東区木場公園 中央広場一帯

実施日:2025年10月12日 

 10月12日 当財団 共感資本研究所(所長:中川尋史)は日本神輿協会(会長:時田公代 氏)主催の「大江戸神輿まつり」におきまして、同協会 名誉会長 岩崎武司氏と神輿渡業(とぎょう)を前にディスカッションさせて頂きました。

 

1.観察概要

 本年度の「大江戸神輿まつり」においては、江東区木場という地域特性を背景に、中央広場を貫く軸線上に高層ビル群と巨大な橋梁構造物が並立する独特の景観が形成されていた。これらのランドマークは、日常においては近代都市の象徴であり、無機的・記号的な存在として市民生活の上にそびえている。

 しかし、神輿がその前を進む瞬間、都市景観の主語が反転する。黄金の鳳凰を戴く神輿が、コンクリートの塔の前をゆっくりと通過するとき、近代建築は背景装置へと退き、都市空間全体が「舞台」へと変貌する。この一瞬、都市は単なる物理的空間ではなく、身体と共同体によって再構成される「生きた場」となる。

2.理論的考察

 この現象は、社会学者アンリ・ルフェーブルが論じた「空間の生産(production of space)」の実例として捉えることができる。都市空間は固定的な容器ではなく、社会的実践によって生成され続けるプロセスである。神輿が通過するわずかな時間、都市は信仰と共同体の記憶を再び宿し、近代建築は機能的構造物から儀礼の物語を背負う「象徴的装置」へと変化する。

 この空間的転換は、神輿という宗教的身体行為が近代都市の意味構造を一時的に組み替えることを示しており、日本文化がもつ「動的な空間美学」の核心を体現しているといえる。

3.文化的意義

 神輿が都市の中を進むことで生じる「景観の主客逆転」は、単なる伝統行事の再現ではなく、都市と人間、信仰と近代が交錯する美的経験を生み出すものである。その瞬間、参加者も観衆もともに都市を再発見し、地域の象徴性を身体的に共有することになる。

 さらに、このような空間の再定義は、海外から見た「日本的風景」の美意識とも響き合う。神輿の儀礼は、近代化の象徴たる都市空間の中に、文化的深層と共同体の記憶を呼び戻す装置として機能している。

4.まとめ

 本祭りの観察を通じて、神輿が担う社会的・空間的意義を再確認することができた。すなわち、神輿は単なる伝統の継承ではなく、「都市を再び意味づける行為」であり、地域文化と現代都市の関係を再生産する装置である。大江戸神輿まつりは、まさにその象徴的な舞台であり、今後も都市文化研究や地域再生の視点から継続的な分析が求められる。

 本祭りにおいては、神輿を担ぐ姿そのものを対象とした「コンテスト形式による評価」が導入されている。評価項目には、掛け声の大きさ、担ぎ手の動作の統一性、神輿の揺れの安定度、さらには全体の美的印象など、身体的実践と共同的表現の双方が含まれている。これらの要素を、学識経験者・地域代表・文化人など各界の専門家が多角的に審査する仕組みが整えられている点は注目に値する。

 このような形式化された評価は、神輿文化の中に潜在してきた「美的規範」や「身体規律」を可視化するものである。すなわち、従来は経験的・身体的に継承されてきた「よき担ぎ方」が、制度化・基準化されることにより、文化的記号として社会的承認を得る過程にあるといえる。

 今後は、この評価指標の内容・方法論・審査過程を分析することによって、「日本的身体文化」における規範形成と美意識の構造を明らかにすることが可能となるだろう。特に、共同体的実践を競技的・審美的に再構成するプロセスは、伝統文化の再解釈と再制度化の一形態として重要であり、神輿が単なる宗教儀礼にとどまらず、現代社会における「身体表現文化」として再定義されつつあることを示している。

写真提供:松永 氏(日本神輿協会)

Tokyo Edogawa-ward

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